◇旅の軌跡
◇現地での買い物
日本円で ¥3600 くらい。
◇ 今後行く人のためにも参考になるかもしれない持ち物情報
◎ … 持っていって良かったもの
○ … 普通に使ったもの
△ … 使わなかったが持って行って損はしないもの
× … 要らなかったもの
【スーツケース】
○半袖Tシャツ×1、長袖Tシャツ×2、ズボン×1、靴下×3、パンツ×3
○バンダナ×2枚
○スリッパ (機内用100均)
○ウエットティッシュ×2個
◎十六茶(粉末)×6包
◎インスタントコーヒー×4包
○使い捨てコンタクトレンズ10日分
○トイレットペーパー1巻
○ひげ剃り
○眼鏡
◎カメラ用レンズクリーナー、ブラシ付きブロアー、綿棒
◎広角レンズ
○予備デジカメ (砂埃で K100D が死んだ時用、あと動画と音声用)
○本 (暗夜行路、野菊の墓)
○携帯電話の充電器 (電池用)
◎衣類圧縮袋
○旅行用歯ブラシ
○カリカリ梅
△雨具
△インスタント携帯食 (梅昆布粥、野沢菜粥)
△キャラメル
△風邪薬
△エアサロンパス
△パンシロン×4包
△睡眠補助薬
△整髪料
△テーピング
×W-ZERO3 [es]
×ジッポオイル
×カメラケース (砂対策のつもりだったがバンダナで代用可)
【ヒップバック (10L)】
◎GPS
○ウエットティッシュ
○香水
○乳液
◎紙石鹸
◎ポケムヒ
○バンダナ×2枚
○タオル
○軍手
○ライト
○マグカップ
◎タバコ、携帯灰皿
○サングラス
△酔い止め
△絆創膏
△1ウィークコンタクトレンズ(非常用)
△十得ナイフ
×ハクキンカイロ
×単眼鏡
×ハンドクリーム
【ベストのポケット】
○飴
△キャラメル
○電池
○中国元、米ドル
○ハンドタオル
○パスポート
○メモ、ボールペン
【あると良かった、持っていけば良かったもの】
・凧 (ゲイラカイトのように折りたためる奴)
・ゲルの中で履くサンダル
・消毒液
・髪を短く切っておく
・ゴーグル型のサングラス
・ポラロイド等、その場で出せるカメラや携帯プリンタ
◇ ちょいメモ
ナランさん = ナラン・ジャルガル
ザミーンウードツーリストキャンプ = ドルニーンゴビ1
ツァガンハドツーリストキャンプ = ドルニーンゴビ2
ホームステイ先 = ウンドゥルツァガーン家
http://www.mfsg.co.jp/pao/pao.html
◇ カメラ関係の話
モンゴル8日間、一眼レフで撮りまくってこれくらい。
コンパクトデジカメでも 1GB くらいの容量があったほうが良い。乾電池が使えるタイプか、充電済みの予備バッテリーがあると安心。砂対策に防水型ならなお良し。
バルブモードが使えるカメラなら渡航中の月齢を調べておいて星空撮影の予行演習をしておくと良い。
現地で購入できる GP とかいう中国製アルカリ電池は一瞬でなくなるので期待しない方が良い。てか、新品を入れた時点で残量マーク半分くらいになってますw。100 円ショップの電池は種類によって差が大きいので、メーカー製のをまとめて持っていったほうが良い。
◇旅の軌跡
◇現地での買い物
日本円で ¥3600 くらい。
◇ 今後行く人のためにも参考になるかもしれない持ち物情報
◎ … 持っていって良かったもの
○ … 普通に使ったもの
△ … 使わなかったが持って行って損はしないもの
× … 要らなかったもの
【スーツケース】
○半袖Tシャツ×1、長袖Tシャツ×2、ズボン×1、靴下×3、パンツ×3
○バンダナ×2枚
○スリッパ (機内用100均)
○ウエットティッシュ×2個
◎十六茶(粉末)×6包
◎インスタントコーヒー×4包
○使い捨てコンタクトレンズ10日分
○トイレットペーパー1巻
○ひげ剃り
○眼鏡
◎カメラ用レンズクリーナー、ブラシ付きブロアー、綿棒
◎広角レンズ
○予備デジカメ (砂埃で K100D が死んだ時用、あと動画と音声用)
○本 (暗夜行路、野菊の墓)
○携帯電話の充電器 (電池用)
◎衣類圧縮袋
○旅行用歯ブラシ
○カリカリ梅
△雨具
△インスタント携帯食 (梅昆布粥、野沢菜粥)
△キャラメル
△風邪薬
△エアサロンパス
△パンシロン×4包
△睡眠補助薬
△整髪料
△テーピング
×W-ZERO3 [es]
×ジッポオイル
×カメラケース (砂対策のつもりだったがバンダナで代用可)
【ヒップバック (10L)】
◎GPS
○ウエットティッシュ
○香水
○乳液
◎紙石鹸
◎ポケムヒ
○バンダナ×2枚
○タオル
○軍手
○ライト
○マグカップ
◎タバコ、携帯灰皿
○サングラス
△酔い止め
△絆創膏
△1ウィークコンタクトレンズ(非常用)
△十得ナイフ
×ハクキンカイロ
×単眼鏡
×ハンドクリーム
【ベストのポケット】
○飴
△キャラメル
○電池
○中国元、米ドル
○ハンドタオル
○パスポート
○メモ、ボールペン
【あると良かった、持っていけば良かったもの】
・凧 (ゲイラカイトのように折りたためる奴)
・ゲルの中で履くサンダル
・消毒液
・髪を短く切っておく
・ゴーグル型のサングラス
・ポラロイド等、その場で出せるカメラや携帯プリンタ
◇ ちょいメモ
ナランさん = ナラン・ジャルガル
ザミーンウードツーリストキャンプ = ドルニーンゴビ1
ツァガンハドツーリストキャンプ = ドルニーンゴビ2
ホームステイ先 = ウンドゥルツァガーン家
http://www.mfsg.co.jp/pao/pao.html
◇ カメラ関係の話
モンゴル8日間、一眼レフで撮りまくってこれくらい。
コンパクトデジカメでも 1GB くらいの容量があったほうが良い。乾電池が使えるタイプか、充電済みの予備バッテリーがあると安心。砂対策に防水型ならなお良し。
バルブモードが使えるカメラなら渡航中の月齢を調べておいて星空撮影の予行演習をしておくと良い。
現地で購入できる GP とかいう中国製アルカリ電池は一瞬でなくなるので期待しない方が良い。てか、新品を入れた時点で残量マーク半分くらいになってますw。100 円ショップの電池は種類によって差が大きいので、メーカー製のをまとめて持っていったほうが良い。
9月24日 目を覚ませば、まだ薄暗い中をウランバートルへ向かう大陸鉄道の中である。程なくして客室乗務員の方々が毛布を回収し熱湯の入ったマグカップを配り始めた。
懐かしい感じのするウランバートル駅で列車を降りて旅行社のバスに乗り込む。今度はピンク色ではないようだ。久しぶりに見るような文明社会の真っ只中をガタゴト駆け抜けて、我々は朝食を取る国鉄系列のホテルに到着した。
先日宿泊したフラワーホテルで朝食の予定であったが、諸事情によりナランさんが手配してくれた国立鉄道系列のホテルで朝食のようだ。こちらは食べ物にさえありつけられるなら何でも良い。バイキングなどという文明開化の匂いがするスタイルで朝食を取る。
再びバスに乗り込み、先日のフラワーホテルに向かう。前の客がまだ残っていたためルームメイキングが間に合わなかったらしく、吾輩は荷物ごと森さんの部屋に一時退避した。体中の砂を払って大浴場へ向かうと、地球外生命体と見まごうシャンプーや傾いだサウナの戸は当然のように健在であった。
稲元さんの引率で近くのスーパーに行く人を募っていたのだが、吾輩はカメラの掃除をしなければならなかったのでホテルに残ることにした。このカメラのありとあらゆる隙間には非常に細かい砂が入り込んでいる。なるほど、これでは入りどころが悪ければいつ故障していてもおかしくない。一番心配していた CCD の部分も綿棒の先にレンズクリーニング液をつけてぬぐってみたらあっさりと消えたようだ。
昼食と市内観光のために再びホテルを出発する。バスの中で横舘さんにお願いしておいた単三電池を受け取った。またしても中華電池ではあるが、12 本あれば今日一日くらいは何とかなるだろう。これでカメラに関する心配事はすべて解消した。
PM1:00、やたらアメリカンなテイストのするモンゴリアンバーベキューの店に到着。一見何のことはないバイキングのようだが、皿に盛った生肉などを焼き場に持って行くと長い刀のような 2 本のコテ (?) を器用に使って焼いてくれるというバーベキューである。なかなかアングロサクソン連中に受けそうなパフォーマンスである。というか、ここに来てやっとモンゴル最初の羊肉を食べたかもしれない。
ここで、モンゴルを発つ前に稲元さんとナランさんに渡す寄せ書きをみんなで書こうという通達があった。そうか、空港に到着すればもう添乗員さんたちとはお別れなのであったな。
PM2:30 自然史博物館に到着。建物の前には見覚えのあるピンク色のワゴンが止まっている。別のツアーの客を乗せているようだ。
ナランさんによれば、モンゴルでは動物園や水族館がない代わりに剥製を展示するのが一般的とのことである。世界中の動物を一箇所に集めて生かそうと思ったら相応の設備と維持費、それに専門知識を持ったスタッフなどが必要なのだな。日本は恵まれている。
博物館の中にはモンゴルの動植物や地質学、ゴビ砂漠の恐竜の化石などの展示があった。化石大好き少年だった小学校低学年時代の我輩だったら大喜びだったろう。鎧竜系の骨格標本があったのだが、アンキロサウルスの名前が思い出せずに大変もどかしい思いをする。
PM 3:30、我々の乗ったバスはノミンのデパート (旧国立デパート) に到着する。
スケジュール上はお土産を買う時間なのだが、唯一、同郷人Kに頼まれた 「モンゴルっぽい布」 という土産品もこれと言ったものが見つからず少々もてあまし気味であった。自分の旅の記念品としてシャガイの入った小さな革の煙草入れを買った。
「何か買いましたか〜」 と稲元さんに聞かれたので布の話をしてみると、婚礼などで使用する布を売っているところに連れて行ってくれた。モンゴリアンブルーと呼ばれるこの青い布はモンゴルでは神聖なものらしい。そういえば看板などで民族衣装を着た女の人が青い布を差し出しているのをしばしば見かける。
少々早いが稲元さんと集合場所へ向かう。まだ全員集まっていないのでそこらへんをプラプラしていると、すぐ近くに花屋を見つけた。へぇモンゴルの花屋か、と思ったところに、明日稲元さんたちに寄せ書きを渡すことを思い出した。こ、これは何とかして買えないだろうか!? しかし花屋は集合場所から丸見えの位置にあり、そこにはナランさんと稲元さんが入れ替わりで立っている。集合時間も迫っており 「あと誰それが来れば出発」 という体勢に入ってる。やばい、この状態から吾輩のインチキ英語でナランさん達に気づかれないように 「プレゼント用にバラ 2 本、別々に」 と伝える自信がない!! 集合場所をチラチラ見つつ店の前を行き来している間に全員集合してしまった。無念…
バスに乗る。いつの間にか横舘さんが居ないようだ。待っている間に花を買いに戻れないかとも思ったがそうもゆかない。バスの窓に小汚い子供が近づいてきてタバコをおくれとジェスチャーしたのだが軽くスルーした。
PM5:10、少々時間が早いためスフバートル広場に寄り道する。広い広場の真ん中に馬に乗った像が建っている。ウランバートルのど真ん中にある、日本で言えば日比谷公園とでも言ったところなのだろうが、ここもやたらと空が広い。道路をはさんだ反対側のビルから下がる 「АНДО ВАИК」 の垂れ幕に巨大な朝青龍が描かれている。
PM5:30、民俗芸能館のようなところに到着。一階の扉の前で開演まで 30 分ほど待つ。日本人を含むモンゴル観光のツアー客がどんどん集まってきた。我々は一番乗りで並んでいたためステージ正面の中央を陣取ることが出来た。
特に撮影する予定はなかったのだが、意外と良かったので広角レンズに切り替えて写真をとることにした ($2.00 で撮影可)。いっぱいまで広げるとちょうど舞台の端から端まで入るようだ。やはり持ってて良かった広角レンズ。
モンゴルに来ている間にホーミーを使えるようにしよう! などと企んでいたのだが、さすがにこれは無理だな。
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ひとしきりモンゴルの民族芸能を堪能した後、一階の売店で買い物をする。民芸品やらモンゴル民族音楽の CD などを売っている。「これ $5.00 ってやっぱりちょっと高いよねぇ」 などと言いつつ袋からフェルト製のラクダを出す杉子さん。
建物を出ると正面に鷹匠が立っており絵などを売っていた。もっと内陸部のカザフ族のようだが、すごくかっこいい。そのまますぐ横にある韓国レストラン SEOUL CLUB に入り夕食。バイキング形式の食事に韓国ビール CASS などを飲みまったりとすごす。
森さんがナランさんの携帯を使ってエールカさんと話しているようだった。
ホテルに戻る。W さとみと相談し、何とか明日の朝までに花を手配してもらえないかとフロントにお願いを出しておいた。日本なら花の手配くらいやってもらえるだろうが、ここはモンゴル。快い返事はもらえたのだが全くもって安心は出来ない。
部屋へ戻り稲元さんとナランさん宛ての手紙をさっそうと書き始める。と言いたいところだが疲れて全く頭が働かない。あまりよく覚えていないが近年まれに見る超手抜き駄文を書いてしまったような気がする。そしてそのまま就寝。
9月25日、本日はもう日本へ帰るだけである。部屋のシャワーを浴びて出発の AM8:00 までゆっくり朝食でも食べて、と時計を見ると AM7:45… 一瞬、何が起きたか分からなかった。急いで体を拭いて着替え、荷物をバッグに詰めて部屋を後にした。さすがに少々疲れが出たようだ。
フロントの前へ行く。まだ 2〜3 人ほど来ていないようだ。昨夜書いた手紙をこっそり渡して花がどうなったか聞いてみたが、どうも引継ぎがうまく行われなかったようで作戦は失敗だったらしい。またしても無念。全員集合したところに、昨日稲本さんが呼んでいたエールカさんがホテルに到着し、しばし森さんと韓流ドラマ状態となる。
バスはウランバートルを出発。来るときは真っ暗だった穴ぼこだらけの道を、今度は明るい時間にひた走る。排ガス交じりの冷たい空気と郊外に立ち並ぶゲル、そして草原が旅の終わりを知らせている。チンギスハン空港で稲元さん・ナランさん写真を撮り分かれる。朝ご飯抜きで腹ペコだった我輩は売店でパンとコーヒーを食べて飛行機に乗り込んだ。
PM3:30、成田空港に到着。成田エクスプレスに乗り込んでみんなとも別れる。
モンゴルより余程早い日本の日の入りと共に、我々のモンゴル大紀行も終幕した。
9月24日 目を覚ませば、まだ薄暗い中をウランバートルへ向かう大陸鉄道の中である。程なくして客室乗務員の方々が毛布を回収し熱湯の入ったマグカップを配り始めた。
懐かしい感じのするウランバートル駅で列車を降りて旅行社のバスに乗り込む。今度はピンク色ではないようだ。久しぶりに見るような文明社会の真っ只中をガタゴト駆け抜けて、我々は朝食を取る国鉄系列のホテルに到着した。
先日宿泊したフラワーホテルで朝食の予定であったが、諸事情によりナランさんが手配してくれた国立鉄道系列のホテルで朝食のようだ。こちらは食べ物にさえありつけられるなら何でも良い。バイキングなどという文明開化の匂いがするスタイルで朝食を取る。
再びバスに乗り込み、先日のフラワーホテルに向かう。前の客がまだ残っていたためルームメイキングが間に合わなかったらしく、吾輩は荷物ごと森さんの部屋に一時退避した。体中の砂を払って大浴場へ向かうと、地球外生命体と見まごうシャンプーや傾いだサウナの戸は当然のように健在であった。
稲元さんの引率で近くのスーパーに行く人を募っていたのだが、吾輩はカメラの掃除をしなければならなかったのでホテルに残ることにした。このカメラのありとあらゆる隙間には非常に細かい砂が入り込んでいる。なるほど、これでは入りどころが悪ければいつ故障していてもおかしくない。一番心配していた CCD の部分も綿棒の先にレンズクリーニング液をつけてぬぐってみたらあっさりと消えたようだ。
昼食と市内観光のために再びホテルを出発する。バスの中で横舘さんにお願いしておいた単三電池を受け取った。またしても中華電池ではあるが、12 本あれば今日一日くらいは何とかなるだろう。これでカメラに関する心配事はすべて解消した。
PM1:00、やたらアメリカンなテイストのするモンゴリアンバーベキューの店に到着。一見何のことはないバイキングのようだが、皿に盛った生肉などを焼き場に持って行くと長い刀のような 2 本のコテ (?) を器用に使って焼いてくれるというバーベキューである。なかなかアングロサクソン連中に受けそうなパフォーマンスである。というか、ここに来てやっとモンゴル最初の羊肉を食べたかもしれない。
ここで、モンゴルを発つ前に稲元さんとナランさんに渡す寄せ書きをみんなで書こうという通達があった。そうか、空港に到着すればもう添乗員さんたちとはお別れなのであったな。
PM2:30 自然史博物館に到着。建物の前には見覚えのあるピンク色のワゴンが止まっている。別のツアーの客を乗せているようだ。
ナランさんによれば、モンゴルでは動物園や水族館がない代わりに剥製を展示するのが一般的とのことである。世界中の動物を一箇所に集めて生かそうと思ったら相応の設備と維持費、それに専門知識を持ったスタッフなどが必要なのだな。日本は恵まれている。
博物館の中にはモンゴルの動植物や地質学、ゴビ砂漠の恐竜の化石などの展示があった。化石大好き少年だった小学校低学年時代の我輩だったら大喜びだったろう。鎧竜系の骨格標本があったのだが、アンキロサウルスの名前が思い出せずに大変もどかしい思いをする。
PM 3:30、我々の乗ったバスはノミンのデパート (旧国立デパート) に到着する。
スケジュール上はお土産を買う時間なのだが、唯一、同郷人Kに頼まれた 「モンゴルっぽい布」 という土産品もこれと言ったものが見つからず少々もてあまし気味であった。自分の旅の記念品としてシャガイの入った小さな革の煙草入れを買った。
「何か買いましたか〜」 と稲元さんに聞かれたので布の話をしてみると、婚礼などで使用する布を売っているところに連れて行ってくれた。モンゴリアンブルーと呼ばれるこの青い布はモンゴルでは神聖なものらしい。そういえば看板などで民族衣装を着た女の人が青い布を差し出しているのをしばしば見かける。
少々早いが稲元さんと集合場所へ向かう。まだ全員集まっていないのでそこらへんをプラプラしていると、すぐ近くに花屋を見つけた。へぇモンゴルの花屋か、と思ったところに、明日稲元さんたちに寄せ書きを渡すことを思い出した。こ、これは何とかして買えないだろうか!? しかし花屋は集合場所から丸見えの位置にあり、そこにはナランさんと稲元さんが入れ替わりで立っている。集合時間も迫っており 「あと誰それが来れば出発」 という体勢に入ってる。やばい、この状態から吾輩のインチキ英語でナランさん達に気づかれないように 「プレゼント用にバラ 2 本、別々に」 と伝える自信がない!! 集合場所をチラチラ見つつ店の前を行き来している間に全員集合してしまった。無念…
バスに乗る。いつの間にか横舘さんが居ないようだ。待っている間に花を買いに戻れないかとも思ったがそうもゆかない。バスの窓に小汚い子供が近づいてきてタバコをおくれとジェスチャーしたのだが軽くスルーした。
PM5:10、少々時間が早いためスフバートル広場に寄り道する。広い広場の真ん中に馬に乗った像が建っている。ウランバートルのど真ん中にある、日本で言えば日比谷公園とでも言ったところなのだろうが、ここもやたらと空が広い。道路をはさんだ反対側のビルから下がる 「АНДО ВАИК」 の垂れ幕に巨大な朝青龍が描かれている。
PM5:30、民俗芸能館のようなところに到着。一階の扉の前で開演まで 30 分ほど待つ。日本人を含むモンゴル観光のツアー客がどんどん集まってきた。我々は一番乗りで並んでいたためステージ正面の中央を陣取ることが出来た。
特に撮影する予定はなかったのだが、意外と良かったので広角レンズに切り替えて写真をとることにした ($2.00 で撮影可)。いっぱいまで広げるとちょうど舞台の端から端まで入るようだ。やはり持ってて良かった広角レンズ。
モンゴルに来ている間にホーミーを使えるようにしよう! などと企んでいたのだが、さすがにこれは無理だな。
![]() |
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ひとしきりモンゴルの民族芸能を堪能した後、一階の売店で買い物をする。民芸品やらモンゴル民族音楽の CD などを売っている。「これ $5.00 ってやっぱりちょっと高いよねぇ」 などと言いつつ袋からフェルト製のラクダを出す杉子さん。
建物を出ると正面に鷹匠が立っており絵などを売っていた。もっと内陸部のカザフ族のようだが、すごくかっこいい。そのまますぐ横にある韓国レストラン SEOUL CLUB に入り夕食。バイキング形式の食事に韓国ビール CASS などを飲みまったりとすごす。
森さんがナランさんの携帯を使ってエールカさんと話しているようだった。
ホテルに戻る。W さとみと相談し、何とか明日の朝までに花を手配してもらえないかとフロントにお願いを出しておいた。日本なら花の手配くらいやってもらえるだろうが、ここはモンゴル。快い返事はもらえたのだが全くもって安心は出来ない。
部屋へ戻り稲元さんとナランさん宛ての手紙をさっそうと書き始める。と言いたいところだが疲れて全く頭が働かない。あまりよく覚えていないが近年まれに見る超手抜き駄文を書いてしまったような気がする。そしてそのまま就寝。
9月25日、本日はもう日本へ帰るだけである。部屋のシャワーを浴びて出発の AM8:00 までゆっくり朝食でも食べて、と時計を見ると AM7:45… 一瞬、何が起きたか分からなかった。急いで体を拭いて着替え、荷物をバッグに詰めて部屋を後にした。さすがに少々疲れが出たようだ。
フロントの前へ行く。まだ 2〜3 人ほど来ていないようだ。昨夜書いた手紙をこっそり渡して花がどうなったか聞いてみたが、どうも引継ぎがうまく行われなかったようで作戦は失敗だったらしい。またしても無念。全員集合したところに、昨日稲本さんが呼んでいたエールカさんがホテルに到着し、しばし森さんと韓流ドラマ状態となる。
バスはウランバートルを出発。来るときは真っ暗だった穴ぼこだらけの道を、今度は明るい時間にひた走る。排ガス交じりの冷たい空気と郊外に立ち並ぶゲル、そして草原が旅の終わりを知らせている。チンギスハン空港で稲元さん・ナランさん写真を撮り分かれる。朝ご飯抜きで腹ペコだった我輩は売店でパンとコーヒーを食べて飛行機に乗り込んだ。
PM3:30、成田空港に到着。成田エクスプレスに乗り込んでみんなとも別れる。
モンゴルより余程早い日本の日の入りと共に、我々のモンゴル大紀行も終幕した。
9月23日 AM6:30、本来の機能を生かせなくなった携帯電話で今日も目を覚ます。さっそうとカメラを抱えてゲルのドアを開けると、女性陣のゲルの横に座っていた大きなゐぬと目が合った。と、同時にそいつが小走りでこっちに向かってくるではないか。急いでドアを閉める。
稲元 「ここにはゐぬは居ないですから…」(昨日)
うそばっかり…
とりあえずマグカップに汲んだ一杯の水で顔を洗う。もう大丈夫だろうかとそっとドアを開けてみると、まさにドアのまん前、というか開けた隙間のすぐ横に居るではないか。びっくりしてすぐ閉める。ううむ、これは一体どうしたものか。
金田さんが起き出してトイレに行こうとするので 「扉の前にデカイゐぬが居ますよ」 と忠言。「えぇ〜ホント… うおっ!!」 ふいとドアを開けてそのあまりの距離の近さに一驚を喫する。
ゐぬはなかなかどいてくれない。どういう性格なのか分からないが、とりあえず敵意丸出しではないようなので出てみることにしよう。
意を決して扉を開ける。ゐぬが駆け寄ってきて体当たりを食らわせる。じゃれてるつもりかよく分からないが、ナリが大きいのでこっちはヨロけるしかない。しかし吼えたり噛んだりはしないようだ。
AM7:10、日の出を求めて裏の砂山に登るが、本日は全面的に曇り空である。そして凄い風が吹いている。座って写真を撮ろうとするとカメラが砂まみれになってしまう。こんなところでレンズ交換なんかしたら本体内に砂が入ってしまいそうだったので、取り付けていた広角レンズのみで撮影。
丘の天頂には石が積んである。
|
朝の列車がツァガンハドの駅に到着する。
|
遠くを見つめる人。
|
風になびく人。
|
砂に座る人。低く構えると顔に砂粒が当たる。
|
ウン(略
|
AM9:15、朝食。肉の入ったお粥のようなものを食べる。粥といっても米ではなく、うどんのような練り小麦粉系のものを原型がなくなるまで煮込んだような感じ。そして今日も頭の中に 「お母さんの歌」 が鳴りっぱなしである。
AM10:00、目の前に広がる平地の案内をしてくれるということでみんなで出かける。カメラの電池がなくなりかけていたが、残りの本数も少なかったし、見た感じ半草原半砂漠が広がっているだけで特に何もなかったので、電池の換えは持たずに出発した。ついでに言うと重い広角レンズも置いてきた。だんだん手を抜くようになってきた。
例によって地面から突き出た潅木と枯れ木の根っこが足にまとわり付いて歩きにくい。草食動物の骨が散らばっている。野生のガゼルとのことだが、ガゼルというとスレンダーな鹿が草原を飛び跳ねてるイメージなのだが、アレはモンゴルにも居るものなのか。オオカミなどもいるらしい。
キリギリスが太ったような変な虫を発見する。羽はなくモソモソ歩いている。茶色はよくいるが縁は珍しいらしい。この長い尻尾を取り払い、丸々とした腹をチュルッと吸うとアレルギーに効くらしいが、しかしそれって腸に入ったサナダムシが抗アレルギー物質を…、という原理なんじゃなかろうか。何にせよチュルッとするのは御免蒙る。そのほかにもいつものトカゲやバッタなどをたくさん見かけた。
出発から 30 分ほど歩き、キャンプから平地をはさんで反対側に見えていた丘に到着。老体に鞭打って丘を登りきってみると…
開けた視界に思いもよらぬ光景。前方には巨大な川の流れた跡が広がっているではないか。こんな光景があるなら換えの電池と広角レンズを持って来れば良かったと大いに後悔しながら、強風に吹かれて写真を撮る。
帰ろうとすると横舘さん渡辺さんの二人が川の跡まで降りていった。川底でちょっと話をした後、まるで申し合わせたようにそれぞれ反対の方向に歩き始めた。これをまた遠くから眺めてると面白い。丘を下ると稲元さんが戻ってきて 「二人は?」 「川へ下って行きましたよ」。やはりという感じで丘を登って行く。
ゲルに戻ってモンゴルの旅行ガイドを見る。日本にいるときは通貨も言葉もコンセントの穴の数もふーんという感じで頭を通過していったのだが、現地に来て見てようやく実感が湧いてくる。吾輩の旅はいつもこんな調子である。
PM1:10、昼食。今日も背後で巨大な岩がぶら下がっている。サラダにミネストローネのようなスープ、ご飯に玉子焼きに出るわ出るわ。そこら辺にいっぱい生えているちっこい野生のニラの塩漬けがご飯に合う。
PM2:30、昨日のホームステイ先から 6km の道のりを歩いてラクダが到着。予定ではこのラクダに乗って恐竜の化石が発掘された跡に行くことになっていたが、いつの間にやら行く先が閉鎖されていたとの事である。その代わりに、裏の丘のもうちょっと先にある砂丘へ登るということである。じゃんけんして後発部隊となる。
ナランさんがさっそくラクダにツバを掛けられる。足にレガースのようなものを取り付けてヘルメットをかぶり、いざラクダにまたがる。ラクダは後ろ足から立ち上がるので激しく前につんのめる。しっかりこぶにつかまっていないと危ない。
ラクダに揺られてしばらく歩く。ナランさんはこの仕事を始めるまでラクダに乗ったことがなかったらしいが、すでに手馴れたもので 「チョッ! チョッ!」 とか言いながら鞭で尻を叩いている。
しばらく歩いて砂丘到着。キャンプ裏の丘から繋がっているところだが、こっちの方が風が強くて砂がサラサラしている。しかしこれまたすごい坂である。角度とか 45°くらいありやがる。
先発部隊が出発。
|
凄い坂。先発部隊が降りてきてすれ違う。
|
「アッラーフ・アクバル!」
ではない。 |
この並びはきっと体力年齢順。撮影する振りをして足を休める。
|
転げ落ちるテリーさん。
|
政治的理由で国を追われた小数部族の王女が、戻れぬ故郷を想いそっと涙する図。
|
もうポケットから髪の毛から耳の穴から鼻の穴から全身砂まみれである。やはりサングラスはゴーグル型のものを探せばよかった。喋ると口の中に砂が入ってくる。たまらず口にバンダナを巻く。もうヒップバッグの中まで砂まみれ。こんなところでカメラのレンズ交換なんて出来るわけがない。
渡辺さんと横舘さんはさっそうと彼方に消え、なぜだか吾輩は榎さん相手に延々とマルバツをしていた。
キャンプに戻るとお父さんのゲルにあるテレビで相撲をやっていると言うことで見に行ってみる。ちょうどモンゴル出身の朝青龍が優勝するかどうかの取り組みだったが、千代大海に引き落とされて負けてしまった。千代大海がマゲを掴んだのではと物言いが付く。一緒に見ていた人達のモンゴル語に 「チョンマゲ」「チョンマゲ」 と混じっていたのが可笑しかった。結局この日に安馬が負けて朝青龍の優勝が決まった。
暇なのでうろうろする。男性陣のゲルの裏あたりに不自然な石の並びがあるなと思ってよく見ると、大きすぎて気付かなかったが日本語で 2m くらいの人の名前が書いてあった。そういえばここは夏休みの時期には日本人で溢れかえっていたとの話である。なんかギャルみたいなのも居たそうである。ヤマンバが砂丘登ってる姿とか見てみたいような気もするが、まぁ今回は日本人少なくてよかった。ウランバートルからザミーンウーデのキャンプまで風の別ツアーのカップルが居たのと、ここのキャンプでカメラマンが居たことくらいか。女性陣のゲルの前に靴が干してある。誰のだろうか。
そろそろこのキャンプともお別れである。ラクダを連れてきた昨夜お世話になったゲルのカッコイイお兄さんに里見さんがお守りを渡すと、お礼に鞭をもらった。記念撮影をして荷物を車に積み込み、すぐそこに見えるツァガンハド駅に向かう。そして車の中でも当然のように歌う。
PM7:05、駅に到着。なぜか今朝の犬がうろついている。昨日横舘さんが言っていた犬とはこいつの事だったか。線路内で構図を考えながら低いポジションで写真を撮っていたら、ふと列車内でのトイレ事情を思い出してそそくさとその場を離れた。
ツァガンハドは駅といっても街があるわけではなく、この鉄道の線路が砂に埋まらないよう作業する整備員達が住むためにあるらしい。確かにこのような環境では一週間もほったらかしていたらどこかしらが完全に埋まってしまうだろう。日本では考えられないような砂漠+大陸鉄道ならではの事情である。小学校の国語の教科書に載っていた砂漠の真ん中の 3 人の駅員の話を思い出した。
列車はプラットホームよりはるかに長いらしく、でかい荷物をかかえて数百メートルほど北京に向かって歩いたところで待機する。改札がない代わりに入り口のところで客室乗務員が検札をするという仕組みなので (昔の日本の特別急行のよう)、ピンポイントで乗らなければならないらしいが、本当のところは旅行者がでかい荷物持って一般車両を歩き回るのを避けたいのかもしれない。とにかく 2 分停車なので速やかに乗らなければいけない。
PM7:25、列車が到着。しかしここで我々が乗る車両はさらに後ろらしいという事が判明。荷物を担いでひたすら走る。先生なんか巨大なスーツケースで来てたから大変である。2車両くらい後ろから何とか列車に乗り込むとすぐに列車は出発。バタバタして見送りの人達にお礼もいえないままであった。列車内を移動中に 「Where are you from?」 と聞かれたが、もはやモンゴル語しか頭になくてすぐには英語と気付かなかった orz
コンパートメントに入って一息つくと早速添乗員さんが熱湯の入ったマグカップと粉末コーヒーを配りに来た。文明社会に戻ってきた気がする。そしてこの旅が終わってしまった寂しさを感じる。
今度の列車ではトイレは男女共同であったが、客室乗務員さんが常に掃除してくれているので普通に綺麗であった。別段座っても平気そうではあったが、「現地の人達も使ってるので便器の上にしゃがんでコトを済ましてください」 とか言われていたので、せっかくなので生まれて初めて便座を上げて洋式トイレの上でしゃがんで爆撃を行った。なんだかアジアに キタ━(゚∀゚)━ッ!! という感じである。しかしこのように上でしゃがむことも想定済みなのか、ステンレス製のフチはちょうど靴の幅くらいに広く平らになっていて意外と安全に事が済んだ。
砂丘から帰ってから撮影した写真に小さなモヤのようなものが写っていたのでカメラの掃除を開始する。今のところ駆動部分に問題はないが、よく見ると細かいところに砂がいっぱい入っている。なるほど、これでは入りどころが悪ければすぐ壊れるな。運が良かった。掃除用のブラシとブロアで細かいところの砂を取り除く。しかし本体中をブロアで噴いていたら先っちょが CCD に接触してしまい、左上部分に巨大なモヤが写るようになってしまった orz まだ全身砂まみれでもあるので、これはもうホテルへ戻ってから腰をすえてやった方が良いだろうと諦めてヒップバッグに仕舞い込んだ。傷でないことを祈りながら… 大いにテンションが下がる。
本来なら列車内は飲酒は禁止なのであるが、稲元さんがどこからともなく CASS ビールを入手してきてくれた。一応扉は閉めて隠して飲んでくださいとの事ではあるが、ほぼ公然の建前っぽい。晩御飯は先ほどのツァガンハドの駅で積み込んでもらった弁当の具の入った薄い揚げパンを食べる。巨大な揚げ餃子と言っても良いかもしれない。ガイドブックに名前が載ってたと思うが、わざわざ調べるのもなんだか無粋な気がして、ここは具の入った巨大揚げ餃子という事にしておく。
サインシャンド駅に到着。素晴らしいオアシスという意味らしい。なかなか良い名前だ。カメラは封印中だし、往路のチョイルで雰囲気がつかめたので、今度はジャンバーのポケットに小銭程度で下車する。チョイルと同じく簡易売店や簡易食堂が出来ていて賑わっているようだが、危険な空気も相変わらず漂っている。稲元さんがみんなをトイレに連れて行っている間、待合室で榎さん、渡辺さんの三人で待機するが、「ぜっっっったいにここを離れないで下さい!」 と釘を刺されたのでさすがにおとなしく座っている。渡辺さんがドアの外を眺めているのだがそのまま出て行ってしまうのではないかとちょっと心配する。
列車に戻る。飲みかけの CASS ビールを持って隣のコンパートメントの 「スナックさとみ」 へ行きみんなで飲む。
明日、目が覚めたらもうウランバートルである。もうこの列車に乗った時点で後は消化試合みたいなものだ。砂まみれの体を毛布に包んで今日も就寝。
9月23日 AM6:30、本来の機能を生かせなくなった携帯電話で今日も目を覚ます。さっそうとカメラを抱えてゲルのドアを開けると、女性陣のゲルの横に座っていた大きなゐぬと目が合った。と、同時にそいつが小走りでこっちに向かってくるではないか。急いでドアを閉める。
稲元 「ここにはゐぬは居ないですから…」(昨日)
うそばっかり…
とりあえずマグカップに汲んだ一杯の水で顔を洗う。もう大丈夫だろうかとそっとドアを開けてみると、まさにドアのまん前、というか開けた隙間のすぐ横に居るではないか。びっくりしてすぐ閉める。ううむ、これは一体どうしたものか。
金田さんが起き出してトイレに行こうとするので 「扉の前にデカイゐぬが居ますよ」 と忠言。「えぇ〜ホント… うおっ!!」 ふいとドアを開けてそのあまりの距離の近さに一驚を喫する。
ゐぬはなかなかどいてくれない。どういう性格なのか分からないが、とりあえず敵意丸出しではないようなので出てみることにしよう。
意を決して扉を開ける。ゐぬが駆け寄ってきて体当たりを食らわせる。じゃれてるつもりかよく分からないが、ナリが大きいのでこっちはヨロけるしかない。しかし吼えたり噛んだりはしないようだ。
AM7:10、日の出を求めて裏の砂山に登るが、本日は全面的に曇り空である。そして凄い風が吹いている。座って写真を撮ろうとするとカメラが砂まみれになってしまう。こんなところでレンズ交換なんかしたら本体内に砂が入ってしまいそうだったので、取り付けていた広角レンズのみで撮影。
丘の天頂には石が積んである。
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朝の列車がツァガンハドの駅に到着する。
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遠くを見つめる人。
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風になびく人。
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砂に座る人。低く構えると顔に砂粒が当たる。
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ウン(略
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AM9:15、朝食。肉の入ったお粥のようなものを食べる。粥といっても米ではなく、うどんのような練り小麦粉系のものを原型がなくなるまで煮込んだような感じ。そして今日も頭の中に 「お母さんの歌」 が鳴りっぱなしである。
AM10:00、目の前に広がる平地の案内をしてくれるということでみんなで出かける。カメラの電池がなくなりかけていたが、残りの本数も少なかったし、見た感じ半草原半砂漠が広がっているだけで特に何もなかったので、電池の換えは持たずに出発した。ついでに言うと重い広角レンズも置いてきた。だんだん手を抜くようになってきた。
例によって地面から突き出た潅木と枯れ木の根っこが足にまとわり付いて歩きにくい。草食動物の骨が散らばっている。野生のガゼルとのことだが、ガゼルというとスレンダーな鹿が草原を飛び跳ねてるイメージなのだが、アレはモンゴルにも居るものなのか。オオカミなどもいるらしい。
キリギリスが太ったような変な虫を発見する。羽はなくモソモソ歩いている。茶色はよくいるが縁は珍しいらしい。この長い尻尾を取り払い、丸々とした腹をチュルッと吸うとアレルギーに効くらしいが、しかしそれって腸に入ったサナダムシが抗アレルギー物質を…、という原理なんじゃなかろうか。何にせよチュルッとするのは御免蒙る。そのほかにもいつものトカゲやバッタなどをたくさん見かけた。
出発から 30 分ほど歩き、キャンプから平地をはさんで反対側に見えていた丘に到着。老体に鞭打って丘を登りきってみると…
開けた視界に思いもよらぬ光景。前方には巨大な川の流れた跡が広がっているではないか。こんな光景があるなら換えの電池と広角レンズを持って来れば良かったと大いに後悔しながら、強風に吹かれて写真を撮る。
帰ろうとすると横舘さん渡辺さんの二人が川の跡まで降りていった。川底でちょっと話をした後、まるで申し合わせたようにそれぞれ反対の方向に歩き始めた。これをまた遠くから眺めてると面白い。丘を下ると稲元さんが戻ってきて 「二人は?」 「川へ下って行きましたよ」。やはりという感じで丘を登って行く。
ゲルに戻ってモンゴルの旅行ガイドを見る。日本にいるときは通貨も言葉もコンセントの穴の数もふーんという感じで頭を通過していったのだが、現地に来て見てようやく実感が湧いてくる。吾輩の旅はいつもこんな調子である。
PM1:10、昼食。今日も背後で巨大な岩がぶら下がっている。サラダにミネストローネのようなスープ、ご飯に玉子焼きに出るわ出るわ。そこら辺にいっぱい生えているちっこい野生のニラの塩漬けがご飯に合う。
PM2:30、昨日のホームステイ先から 6km の道のりを歩いてラクダが到着。予定ではこのラクダに乗って恐竜の化石が発掘された跡に行くことになっていたが、いつの間にやら行く先が閉鎖されていたとの事である。その代わりに、裏の丘のもうちょっと先にある砂丘へ登るということである。じゃんけんして後発部隊となる。
ナランさんがさっそくラクダにツバを掛けられる。足にレガースのようなものを取り付けてヘルメットをかぶり、いざラクダにまたがる。ラクダは後ろ足から立ち上がるので激しく前につんのめる。しっかりこぶにつかまっていないと危ない。
ラクダに揺られてしばらく歩く。ナランさんはこの仕事を始めるまでラクダに乗ったことがなかったらしいが、すでに手馴れたもので 「チョッ! チョッ!」 とか言いながら鞭で尻を叩いている。
しばらく歩いて砂丘到着。キャンプ裏の丘から繋がっているところだが、こっちの方が風が強くて砂がサラサラしている。しかしこれまたすごい坂である。角度とか 45°くらいありやがる。
先発部隊が出発。
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凄い坂。先発部隊が降りてきてすれ違う。
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「アッラーフ・アクバル!」
ではない。 |
この並びはきっと体力年齢順。撮影する振りをして足を休める。
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転げ落ちるテリーさん。
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政治的理由で国を追われた小数部族の王女が、戻れぬ故郷を想いそっと涙する図。
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もうポケットから髪の毛から耳の穴から鼻の穴から全身砂まみれである。やはりサングラスはゴーグル型のものを探せばよかった。喋ると口の中に砂が入ってくる。たまらず口にバンダナを巻く。もうヒップバッグの中まで砂まみれ。こんなところでカメラのレンズ交換なんて出来るわけがない。
渡辺さんと横舘さんはさっそうと彼方に消え、なぜだか吾輩は榎さん相手に延々とマルバツをしていた。
キャンプに戻るとお父さんのゲルにあるテレビで相撲をやっていると言うことで見に行ってみる。ちょうどモンゴル出身の朝青龍が優勝するかどうかの取り組みだったが、千代大海に引き落とされて負けてしまった。千代大海がマゲを掴んだのではと物言いが付く。一緒に見ていた人達のモンゴル語に 「チョンマゲ」「チョンマゲ」 と混じっていたのが可笑しかった。結局この日に安馬が負けて朝青龍の優勝が決まった。
暇なのでうろうろする。男性陣のゲルの裏あたりに不自然な石の並びがあるなと思ってよく見ると、大きすぎて気付かなかったが日本語で 2m くらいの人の名前が書いてあった。そういえばここは夏休みの時期には日本人で溢れかえっていたとの話である。なんかギャルみたいなのも居たそうである。ヤマンバが砂丘登ってる姿とか見てみたいような気もするが、まぁ今回は日本人少なくてよかった。ウランバートルからザミーンウーデのキャンプまで風の別ツアーのカップルが居たのと、ここのキャンプでカメラマンが居たことくらいか。女性陣のゲルの前に靴が干してある。誰のだろうか。
そろそろこのキャンプともお別れである。ラクダを連れてきた昨夜お世話になったゲルのカッコイイお兄さんに里見さんがお守りを渡すと、お礼に鞭をもらった。記念撮影をして荷物を車に積み込み、すぐそこに見えるツァガンハド駅に向かう。そして車の中でも当然のように歌う。
PM7:05、駅に到着。なぜか今朝の犬がうろついている。昨日横舘さんが言っていた犬とはこいつの事だったか。線路内で構図を考えながら低いポジションで写真を撮っていたら、ふと列車内でのトイレ事情を思い出してそそくさとその場を離れた。
ツァガンハドは駅といっても街があるわけではなく、この鉄道の線路が砂に埋まらないよう作業する整備員達が住むためにあるらしい。確かにこのような環境では一週間もほったらかしていたらどこかしらが完全に埋まってしまうだろう。日本では考えられないような砂漠+大陸鉄道ならではの事情である。小学校の国語の教科書に載っていた砂漠の真ん中の 3 人の駅員の話を思い出した。
列車はプラットホームよりはるかに長いらしく、でかい荷物をかかえて数百メートルほど北京に向かって歩いたところで待機する。改札がない代わりに入り口のところで客室乗務員が検札をするという仕組みなので (昔の日本の特別急行のよう)、ピンポイントで乗らなければならないらしいが、本当のところは旅行者がでかい荷物持って一般車両を歩き回るのを避けたいのかもしれない。とにかく 2 分停車なので速やかに乗らなければいけない。
PM7:25、列車が到着。しかしここで我々が乗る車両はさらに後ろらしいという事が判明。荷物を担いでひたすら走る。先生なんか巨大なスーツケースで来てたから大変である。2車両くらい後ろから何とか列車に乗り込むとすぐに列車は出発。バタバタして見送りの人達にお礼もいえないままであった。列車内を移動中に 「Where are you from?」 と聞かれたが、もはやモンゴル語しか頭になくてすぐには英語と気付かなかった orz
コンパートメントに入って一息つくと早速添乗員さんが熱湯の入ったマグカップと粉末コーヒーを配りに来た。文明社会に戻ってきた気がする。そしてこの旅が終わってしまった寂しさを感じる。
今度の列車ではトイレは男女共同であったが、客室乗務員さんが常に掃除してくれているので普通に綺麗であった。別段座っても平気そうではあったが、「現地の人達も使ってるので便器の上にしゃがんでコトを済ましてください」 とか言われていたので、せっかくなので生まれて初めて便座を上げて洋式トイレの上でしゃがんで爆撃を行った。なんだかアジアに キタ━(゚∀゚)━ッ!! という感じである。しかしこのように上でしゃがむことも想定済みなのか、ステンレス製のフチはちょうど靴の幅くらいに広く平らになっていて意外と安全に事が済んだ。
砂丘から帰ってから撮影した写真に小さなモヤのようなものが写っていたのでカメラの掃除を開始する。今のところ駆動部分に問題はないが、よく見ると細かいところに砂がいっぱい入っている。なるほど、これでは入りどころが悪ければすぐ壊れるな。運が良かった。掃除用のブラシとブロアで細かいところの砂を取り除く。しかし本体中をブロアで噴いていたら先っちょが CCD に接触してしまい、左上部分に巨大なモヤが写るようになってしまった orz まだ全身砂まみれでもあるので、これはもうホテルへ戻ってから腰をすえてやった方が良いだろうと諦めてヒップバッグに仕舞い込んだ。傷でないことを祈りながら… 大いにテンションが下がる。
本来なら列車内は飲酒は禁止なのであるが、稲元さんがどこからともなく CASS ビールを入手してきてくれた。一応扉は閉めて隠して飲んでくださいとの事ではあるが、ほぼ公然の建前っぽい。晩御飯は先ほどのツァガンハドの駅で積み込んでもらった弁当の具の入った薄い揚げパンを食べる。巨大な揚げ餃子と言っても良いかもしれない。ガイドブックに名前が載ってたと思うが、わざわざ調べるのもなんだか無粋な気がして、ここは具の入った巨大揚げ餃子という事にしておく。
サインシャンド駅に到着。素晴らしいオアシスという意味らしい。なかなか良い名前だ。カメラは封印中だし、往路のチョイルで雰囲気がつかめたので、今度はジャンバーのポケットに小銭程度で下車する。チョイルと同じく簡易売店や簡易食堂が出来ていて賑わっているようだが、危険な空気も相変わらず漂っている。稲元さんがみんなをトイレに連れて行っている間、待合室で榎さん、渡辺さんの三人で待機するが、「ぜっっっったいにここを離れないで下さい!」 と釘を刺されたのでさすがにおとなしく座っている。渡辺さんがドアの外を眺めているのだがそのまま出て行ってしまうのではないかとちょっと心配する。
列車に戻る。飲みかけの CASS ビールを持って隣のコンパートメントの 「スナックさとみ」 へ行きみんなで飲む。
明日、目が覚めたらもうウランバートルである。もうこの列車に乗った時点で後は消化試合みたいなものだ。砂まみれの体を毛布に包んで今日も就寝。
Author:torao
今日も行く行く湯煙めざし、走るためなら目的を選ばぬ極悪非道の温泉巡り、今日も道なき道に道路を作る、硫黄中毒で通院暦有りの野良猫野郎、黒もよ
しかしよく覚えてるねー。思い出しながら読みました。
次作を待つ!がんばってください。みんなのためにも。