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2006-09-24 Sun 02:42
9月24日 目を覚ませば、まだ薄暗い中をウランバートルへ向かう大陸鉄道の中である。程なくして客室乗務員の方々が毛布を回収し熱湯の入ったマグカップを配り始めた。 懐かしい感じのするウランバートル駅で列車を降りて旅行社のバスに乗り込む。今度はピンク色ではないようだ。久しぶりに見るような文明社会の真っ只中をガタゴト駆け抜けて、我々は朝食を取る国鉄系列のホテルに到着した。 先日宿泊したフラワーホテルで朝食の予定であったが、諸事情によりナランさんが手配してくれた国立鉄道系列のホテルで朝食のようだ。こちらは食べ物にさえありつけられるなら何でも良い。バイキングなどという文明開化の匂いがするスタイルで朝食を取る。
稲元さんの引率で近くのスーパーに行く人を募っていたのだが、吾輩はカメラの掃除をしなければならなかったのでホテルに残ることにした。このカメラのありとあらゆる隙間には非常に細かい砂が入り込んでいる。なるほど、これでは入りどころが悪ければいつ故障していてもおかしくない。一番心配していた CCD の部分も綿棒の先にレンズクリーニング液をつけてぬぐってみたらあっさりと消えたようだ。 昼食と市内観光のために再びホテルを出発する。バスの中で横舘さんにお願いしておいた単三電池を受け取った。またしても中華電池ではあるが、12 本あれば今日一日くらいは何とかなるだろう。これでカメラに関する心配事はすべて解消した。
ここで、モンゴルを発つ前に稲元さんとナランさんに渡す寄せ書きをみんなで書こうという通達があった。そうか、空港に到着すればもう添乗員さんたちとはお別れなのであったな。
ナランさんによれば、モンゴルでは動物園や水族館がない代わりに剥製を展示するのが一般的とのことである。世界中の動物を一箇所に集めて生かそうと思ったら相応の設備と維持費、それに専門知識を持ったスタッフなどが必要なのだな。日本は恵まれている。 博物館の中にはモンゴルの動植物や地質学、ゴビ砂漠の恐竜の化石などの展示があった。化石大好き少年だった小学校低学年時代の我輩だったら大喜びだったろう。鎧竜系の骨格標本があったのだが、アンキロサウルスの名前が思い出せずに大変もどかしい思いをする。
スケジュール上はお土産を買う時間なのだが、唯一、同郷人Kに頼まれた 「モンゴルっぽい布」 という土産品もこれと言ったものが見つからず少々もてあまし気味であった。自分の旅の記念品としてシャガイの入った小さな革の煙草入れを買った。 「何か買いましたか〜」 と稲元さんに聞かれたので布の話をしてみると、婚礼などで使用する布を売っているところに連れて行ってくれた。モンゴリアンブルーと呼ばれるこの青い布はモンゴルでは神聖なものらしい。そういえば看板などで民族衣装を着た女の人が青い布を差し出しているのをしばしば見かける。 少々早いが稲元さんと集合場所へ向かう。まだ全員集まっていないのでそこらへんをプラプラしていると、すぐ近くに花屋を見つけた。へぇモンゴルの花屋か、と思ったところに、明日稲元さんたちに寄せ書きを渡すことを思い出した。こ、これは何とかして買えないだろうか!? しかし花屋は集合場所から丸見えの位置にあり、そこにはナランさんと稲元さんが入れ替わりで立っている。集合時間も迫っており 「あと誰それが来れば出発」 という体勢に入ってる。やばい、この状態から吾輩のインチキ英語でナランさん達に気づかれないように 「プレゼント用にバラ 2 本、別々に」 と伝える自信がない!! 集合場所をチラチラ見つつ店の前を行き来している間に全員集合してしまった。無念… バスに乗る。いつの間にか横舘さんが居ないようだ。待っている間に花を買いに戻れないかとも思ったがそうもゆかない。バスの窓に小汚い子供が近づいてきてタバコをおくれとジェスチャーしたのだが軽くスルーした。
PM5:30、民俗芸能館のようなところに到着。一階の扉の前で開演まで 30 分ほど待つ。日本人を含むモンゴル観光のツアー客がどんどん集まってきた。我々は一番乗りで並んでいたためステージ正面の中央を陣取ることが出来た。
特に撮影する予定はなかったのだが、意外と良かったので広角レンズに切り替えて写真をとることにした ($2.00 で撮影可)。いっぱいまで広げるとちょうど舞台の端から端まで入るようだ。やはり持ってて良かった広角レンズ。 モンゴルに来ている間にホーミーを使えるようにしよう! などと企んでいたのだが、さすがにこれは無理だな。
ひとしきりモンゴルの民族芸能を堪能した後、一階の売店で買い物をする。民芸品やらモンゴル民族音楽の CD などを売っている。「これ $5.00 ってやっぱりちょっと高いよねぇ」 などと言いつつ袋からフェルト製のラクダを出す杉子さん。 建物を出ると正面に鷹匠が立っており絵などを売っていた。もっと内陸部のカザフ族のようだが、すごくかっこいい。そのまますぐ横にある韓国レストラン SEOUL CLUB に入り夕食。バイキング形式の食事に韓国ビール CASS などを飲みまったりとすごす。 森さんがナランさんの携帯を使ってエールカさんと話しているようだった。 ホテルに戻る。W さとみと相談し、何とか明日の朝までに花を手配してもらえないかとフロントにお願いを出しておいた。日本なら花の手配くらいやってもらえるだろうが、ここはモンゴル。快い返事はもらえたのだが全くもって安心は出来ない。
9月25日、本日はもう日本へ帰るだけである。部屋のシャワーを浴びて出発の AM8:00 までゆっくり朝食でも食べて、と時計を見ると AM7:45… 一瞬、何が起きたか分からなかった。急いで体を拭いて着替え、荷物をバッグに詰めて部屋を後にした。さすがに少々疲れが出たようだ。 フロントの前へ行く。まだ 2〜3 人ほど来ていないようだ。昨夜書いた手紙をこっそり渡して花がどうなったか聞いてみたが、どうも引継ぎがうまく行われなかったようで作戦は失敗だったらしい。またしても無念。全員集合したところに、昨日稲本さんが呼んでいたエールカさんがホテルに到着し、しばし森さんと韓流ドラマ状態となる。 バスはウランバートルを出発。来るときは真っ暗だった穴ぼこだらけの道を、今度は明るい時間にひた走る。排ガス交じりの冷たい空気と郊外に立ち並ぶゲル、そして草原が旅の終わりを知らせている。チンギスハン空港で稲元さん・ナランさん写真を撮り分かれる。朝ご飯抜きで腹ペコだった我輩は売店でパンとコーヒーを食べて飛行機に乗り込んだ。
モンゴルより余程早い日本の日の入りと共に、我々のモンゴル大紀行も終幕した。 |
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